佐藤愛子さんの著書「九十歳。何がめでたい」が話題になっていますね。



著者が92歳の時に執筆した痛快なエッセイ。
長寿という字のごとく、長く生きることは素晴らしきかなという当たり前の価値観に刺さる「何がめでたい」というタイトル。

そんな佐藤愛子さんの最新刊「それでもこの世は悪くなかった」もまた、話題となっています。



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著者略歴

1923 誕生。父は小説家・佐藤紅緑、異母兄に詩人・サトウハチロー
1942 結婚
1951 別居の後、夫と死別
1956 小説家・田畑麦彦と再婚
1960 娘を出産
1964 夫の会社が倒産。負債を背負う
1968 離婚
1969 「戦いすんで日が暮れて」で直木賞受賞


「借金取りにもこんにちは」

正々堂々」と「自由に生きる」ということが、私の中でつながるんです。正々堂々でない自由というのは、私には考えられないことです。
(中略)
借金取りであっても、かつて喧嘩した人であっても、何年かのちに会ったときに、「あ、こんにちは」と平気で言える、私はそういう風に生きたいのです。

著者は、夫の会社が倒産した昭和42年に3500万円の借金を背負います。しかも夫の会社の借金なので、佐藤さんに直接の責任はなかったでしょうに「私の夫が裏切ったことは確かなのだから。裏切った方が悪い」と、どんどんハンを押したんだそうです。

この「正々堂々」という言葉は、そういえば最近あまり聞かなくなったような気がします。逃げることも一つの選択肢だと思いますが、誰に対して、何に対して正々堂々でいたいのか、考えてしまいました。



「その代り要求はしないんです」

じっと見ていますと、不満と要求のセットなんですね。私も文句が多いことは十分反省していまして、その代り要求はしないんです。ただ怒っているだけ。だから、聞き流してもらえばそれでいいんですよ。
(中略)
何でもかんでも我慢しないで要求すること、文句があれば何であれどんどん言うこと、それを自由である、幸福であると考えているとすれば、ちょっと違うんじゃないかな、それはむしろ幸福から遠ざかっているんじゃないかな、と言う気がしないでもありません。

佐藤さんのエッセイを通していちばん感じた印象はこれかも。
潔い!

戦争・離婚・借金、その他諸々の経験をされて、かと言って厭世的な感じでもなくあちこちに怒っておられるのに、読んでてなんか気持ちいいんです。周りのせいにしないし、説教じみてるわけでもない。それが要求しないってことからくるんだろうと思います。

怒ると要求は別。怒りを感じた時、そこに要求が隠れていないか、見極めたいものです。



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「とにかく忙しくしていればいいんです」

生きていれば、損をしたり傷ついたりするかもしれません。けれど、やれ損したとか、やれ傷つけられたとか、そんな風に考える前に、私は先へ進んでいく。だから、恨みつらみが育つヒマがないんですよ。
先へ進まない人は、恨みつらみを心の中に育ててしまうんです。だから、じっとしているのは良くない、とにかく忙しくしていればいいんです。しょっちゅう先へ進むことを考えていれば、人間は自然と強くなります

これだけの経験をされた著者にこんなことを言われると、もう説得力が違います。人間、やらない理由を見つける方がうまいんですよね。だから止まって淀んでいく。何かあった時こそ、先へ進むことを大事にしたい。うーん、深い。



「苦労したってどうということはない」

苦労をするまいと思って頑張る必要はないんですよ。その方がいろいろなことがわかるんだから、苦労したってどうということはない。反対に、幸福になったからと言って、別にどうということはない
そう思うようになれたということが、一つの幸福だとも言えます。

何も苦しいことがなければ幸福は生まれない

そうおっしゃっていますが、なかなかこの境地には至れないのではないでしょうか。「あの時こうしていたら」「あの人のせいで」とネガティブな方向にとらわれ、筆者などいつまでもネチネチしてそうな気がします。そして「幸福になったからと言って、別にどうということはない」という一文。生きているうちにこの境地にたどり着けるのだろうか・・・と思ってしまいました。



印象的な文章を取り上げてみましたが、もちろん全体として痛快で思わずクスッと笑ってしまう箇所も多々あります。

後期高齢者と言われることに怒っている人に対して、「いいじゃないですか、後期なんだから。末期でもいいと私は思いますよ」とか、なんだかんだ怒っている人には「いちいちうるせー」とか。こんなことを90歳を過ぎて言えるっていいなあと、一気読みしてしまいました。

エッセ3月号にも佐藤愛子さんのページが。お着物姿がとても綺麗。上品な方です。


<おまけ>
Twitterでタイムリーにこんな文章を発見。すごい。見てきたかのよう。




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